金剛育子/能楽金剛流宗家夫人
東京都生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。1977年、能楽金剛流宗家 金剛永謹氏と結婚。
1988年から2004年まで、京都府教育委員会委員を務めた。現在、(財)金剛能楽堂財団評議員、(財)京都市景観まちづくりセンター理事など、様々な役職を持つ。
2003年に京都御所西向かいに移転、新築された金剛能楽堂の運営などを通じて、後方より能楽の普及に尽力。
東京都生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。1977年、能楽金剛流宗家 金剛永謹氏と結婚。
1988年から2004年まで、京都府教育委員会委員を務めた。現在、(財)金剛能楽堂財団評議員、(財)京都市景観まちづくりセンター理事など、様々な役職を持つ。
2003年に京都御所西向かいに移転、新築された金剛能楽堂の運営などを通じて、後方より能楽の普及に尽力。
京都には人の心を癒し、揺り動かし、感動させる魅力がいたるところにある。喜びの時、悲しみの時、その時々に人の心をその大きな懐で深く包み込み、人は自らの心と静かに向き合うことが出来る。
しかし、それらの魅力は一朝一夕には成し得ないもの。先人がひたすら守り続け、かつ新たなものを創造し続けてきた想いの集積によってつくりあげられてきた。古典芸能である能にも同じことがいえるが、伝統や一つの“道”は、ひとたび絶たれたら無くなってしまう。永い歴史の中で、頑なまでに守られ続け、さらにその時代ごとの新しい息吹を取り入れてきたからこそ、京都は他には無い輝きを持つ。
しかし、それらの魅力は一朝一夕には成し得ないもの。先人がひたすら守り続け、かつ新たなものを創造し続けてきた想いの集積によってつくりあげられてきた。古典芸能である能にも同じことがいえるが、伝統や一つの“道”は、ひとたび絶たれたら無くなってしまう。永い歴史の中で、頑なまでに守られ続け、さらにその時代ごとの新しい息吹を取り入れてきたからこそ、京都は他には無い輝きを持つ。
百三十年余りの歳月を経た能舞台を移築して、金剛能楽堂が京都御所の西向かいに移転してから早や五年。能楽堂の門の前に立つと、烏丸通りを隔てて御苑の緑が目に眩しい。早春には梅が可憐な蕾を膨らませ、やがて春爛漫の桜の季節を迎える。近衛邸跡の枝垂れ桜の見事さ。秋には陽の光を浴びて黄金色に輝く銀杏の大木や、微妙なグラデーションを醸し出す紅葉の数々など、四季折々の御苑の美しさは思わず息を飲むほどだ。先日も京都御所の屋根の上にかかる満月に足を止めてしばし眺め入った。夜空に黒くくっきりと浮かび上がる屋根との取り合わせが一幅の絵を思わせ、まるで平安時代にタイムスリップしたかのようで、かの昔、宮廷の人々もこのような光景を眺めていたのであろうと想像は膨らんでいく。歴史的景観と自然美の調和こそが、古来より今日まで日本人の美意識をかきたてて止まない京都ならではの魅力なのだろう。
一方で、伝統に培われた魅力と同様に、時代と共に変化する魅力もある。烏丸通りはその象徴だと思う。最近通りの雰囲気が変わってきたとよく耳にする。古い建造物を現代に合ったものに改造して再生させるなど、古(いにしえ)のものと今のものがほどよく融合し、若い人のみならず大人も楽しめるようになった。COCON KARASUMAはその先駆けだったように思う。入口の唐長文様「天平大雲」は斬新なデザインで、未来への可能性を感じさせる。私も折にふれて立ち寄る事が多く、ショッピングからレストランでの食事まで家族でCOCON KARASUMAを満喫している。

時代が移り変わり、どんなに科学が発達しても人の心は古今東西変わらない。愛する喜びや、嫉妬や執心の苦悩、離別の悲しみなどどうすることもできない人類の永遠のテーマでもある。能は人の心を六百年以上にわたり綿々と描きつづけてきた。能を観る時、無意識のうちに人は自己の魂と対話している。いぶし銀のような魅力を秘めた京都の地でこそ能を観てほしいと願っている。
