
鶴岡真弓/美術史・ケルト芸術文化研究者・多摩美術大学教授
1952年生まれ。立命館大学教授を経て、現職。ケルト芸術文化、ユーロ=アジア世界の装飾・デザイン史の研究家。京都で開始した「異国の装飾」の交流史発掘を続行中で、黄金・唐紙・錦織・陶磁器など、伝統の装飾芸術を「世界性」の中に位置づける研究チームを率いている。
『京都異国遺産』(平凡社)、『黄金と生命』(講談社)、『ケルトの歴史』(河出書房新社)、『装飾する魂』(平凡社)など、著書多数。
1952年生まれ。立命館大学教授を経て、現職。ケルト芸術文化、ユーロ=アジア世界の装飾・デザイン史の研究家。京都で開始した「異国の装飾」の交流史発掘を続行中で、黄金・唐紙・錦織・陶磁器など、伝統の装飾芸術を「世界性」の中に位置づける研究チームを率いている。
『京都異国遺産』(平凡社)、『黄金と生命』(講談社)、『ケルトの歴史』(河出書房新社)、『装飾する魂』(平凡社)など、著書多数。
京都というのは、古代から現代に至るまで、自らとは異なるもの、異国的なものを取り入れる意欲と力を持った都だと感じている。美しいもの、質感や艶があるものを押し付けがましくなく、訪れた人が自然に発見できるような舞台としての雰囲気を、とても洗練された形で1200年以上にわたり保ってきていると思う。例えば、ゆっくり「香を聞く」ように、空気の流れを感じるように、誰もがそこにスーッと招き入れられるような、「共感」の時空が伝統として降り積もっている。
「こもる」という言葉がある。お酒でも繭でも食材でも、醸成・熟成するためには、自然界が必要とする時間を与え「こもらせる」ことが必要だ。盆地である京都は、自然と人間との対話、ものと人間との対話、人間同士の対話に耳をすまし、掌(たなごころ)の上で温めるように丁寧に時間をかけて変化(へんげ)させてきた。今ここにあるものに満足せずに、自分の「外」にある、一見「異なるもの」と勇気を持って出会わせて、すばらしいものを創り上げてきた。そのプロセスには知恵と技法と熟成された心が詰まっている。
「こもる」という言葉がある。お酒でも繭でも食材でも、醸成・熟成するためには、自然界が必要とする時間を与え「こもらせる」ことが必要だ。盆地である京都は、自然と人間との対話、ものと人間との対話、人間同士の対話に耳をすまし、掌(たなごころ)の上で温めるように丁寧に時間をかけて変化(へんげ)させてきた。今ここにあるものに満足せずに、自分の「外」にある、一見「異なるもの」と勇気を持って出会わせて、すばらしいものを創り上げてきた。そのプロセスには知恵と技法と熟成された心が詰まっている。
「異なるもの」と出会う積極的な勇気と、そこで醸成させた成果としては、「祇園祭の美」がもっともわかりやすく、真髄だと思う。祇園祭は、山鉾の装飾にペルシャやインド、ヨーロッパなど異国の織物やデザイン・文様が使われていることから分かる通り、インターナショナルなアート・アンド・デザインの結び目であり、世界でも貴重な祭りだ。異なるものを出会わせて変化(へんげ)を楽しませ、みんなに感動を与えている。

函谷鉾 ベルギーのタペストリー
「イサクに水を給するリベカ」
写真提供<財団法人 函谷鉾保存会>
「イサクに水を給するリベカ」
写真提供<財団法人 函谷鉾保存会>
京都の伝統というと京都にしかないと考えがちだけれど、京都であること、日本であること、アジアであることは、異なる世界と積極的に交わるということ。京都はそれを連綿と続けてきたし、COCON烏丸も、まさしくそのコンセプトで造られたのだと思う。ビルのファサードに配されているのは、伝統的に京都で襖紙として使われてきた唐紙。古典文様のひとつである「天平大雲」の採用は、隈 研吾さんと京都の老舗唐長さんのコラボレーションによるものだが、「唐」は中国や韓国であり、和紙と「異国」の文様が交差している。もともとは、お寺や茶室、豪商の邸など限られたサロンの中でしか味わえなかったインテリアを、開かれた公共の場にデザインしたということは、とても象徴的だ。それはやはり、自分のアイデンティティーとともに、これからも、勇気を持って異なるものと接触していく世界性を培っていくのだという心意気を語っているのではないかと思われる。
