
池坊由紀/華道家元池坊次期家元
華道家元四十五世池坊専永の長女として生まれる。1989年11月に得度(法名:専好)し、華道家元次期四十六世に指名を受ける。次期家元として国内外でのいけばな作品の発表はもとより、日本画や彫刻など他の芸術分野とのコラボレーションなども展開。また、日本文化の振興や子どもの教育に関する委員会や対人地雷除去キャンペーンへの参加、大学での講義、全国各地での講演など、多彩な活動を行なっている。現在、池坊お茶の水学院長、日本いけばな芸術協会副会長を務める。平成15年度京都市芸術新人賞受賞。
華道家元四十五世池坊専永の長女として生まれる。1989年11月に得度(法名:専好)し、華道家元次期四十六世に指名を受ける。次期家元として国内外でのいけばな作品の発表はもとより、日本画や彫刻など他の芸術分野とのコラボレーションなども展開。また、日本文化の振興や子どもの教育に関する委員会や対人地雷除去キャンペーンへの参加、大学での講義、全国各地での講演など、多彩な活動を行なっている。現在、池坊お茶の水学院長、日本いけばな芸術協会副会長を務める。平成15年度京都市芸術新人賞受賞。
今、改めて与謝野晶子訳の『源氏物語』を読んでいる。なるほどと気づかされる自然の描写や、人の動きなど、千年経っても新しい発見がたくさんあり、やはりそういう変わらない魅力が、京都にはあるのだと思う。ほかの地域の皆さんが、「京都がいい」と言うのは、表面的な華やかさや楽しみというのではなく、人間の琴線に触れる本質的な部分、心を揺さぶる、あるいは心を癒すような、心の本質に関わるすべてのものを京都が兼ね備えているからではないか。心から、ああ、生きているのだなと実感できる場所が、京都なのだと思う。
『源氏物語』に植物の記述が多く見られるように、京都は本当に自然との距離が近く、自然の移り変わりを実感できる都市であり、京都の人たちは季節感の演出に細やかな神経を使う。やはりそのことが、いけばなの発達・発展においても大きな影響を与えてきた。
例えば、梅雨から夏の時期にかけてのいけばなには、いかにうっとうしさを追い払って涼しく見せるかという表現方法に卓越したものがある。紫陽花(あじさい)にしても寒色系の色を使い、白い縞模様の入った葉をあしらって涼やかな感じを見せる。さらに水盤のような広口の器を利用し、剣山を端に寄せて水を受けるようにする。単にクーラーで快適にするのではなく、身の回りにあるものを上手に活用して、五感で涼しさを演出するのが、京都人ならではのテクニック。安直ではない、一つの奥ゆかしい世界がそこにはある。
例えば、梅雨から夏の時期にかけてのいけばなには、いかにうっとうしさを追い払って涼しく見せるかという表現方法に卓越したものがある。紫陽花(あじさい)にしても寒色系の色を使い、白い縞模様の入った葉をあしらって涼やかな感じを見せる。さらに水盤のような広口の器を利用し、剣山を端に寄せて水を受けるようにする。単にクーラーで快適にするのではなく、身の回りにあるものを上手に活用して、五感で涼しさを演出するのが、京都人ならではのテクニック。安直ではない、一つの奥ゆかしい世界がそこにはある。

池坊由紀作 立花新風体
花材/紅梅苔木・雪柳・若松・オクロレウカ・白玉椿・バンダ・フリージア・ゴムの木・玉しだ
花器/銅器・広口下蕪瓶
『世界の源氏物語』ランダムハウス講談社(2008年)/©撮影:神崎順一
花材/紅梅苔木・雪柳・若松・オクロレウカ・白玉椿・バンダ・フリージア・ゴムの木・玉しだ
花器/銅器・広口下蕪瓶
『世界の源氏物語』ランダムハウス講談社(2008年)/©撮影:神崎順一
いけばなというのは、草木を観るというだけではなく、ほかの芸術や文化ともつながっていて、そこから多くのインスピレーションを得る。そういう意味では、日々いろいろな発見がある。COCON KARASUMAにある「京都シネマ」にもよく行くのだが、常にこだわりを持ってセレクトされた映画が上映されていて、そのシャープな感性に、「ああ、こういう見方もあるのか、表現の仕方もあるのか」と教えられ、次の作品に生かしたいと思うことが多い。私は烏丸通りを歩くのが好きで、朝によく散歩をするが、とても心が落ち着く。同じ通りでありながら、北へ行けば御所など緑いっぱいのエリアが広がり、南はビル群と、その対比がおもしろい。オフィス街でありながら、殺伐とした感じは全くなく、どこか温かい。COCON KARASUMAのほかにもすてきなお店や新しいレストランなどが増えていて、これからが楽しみな、可能性豊かな地域だと思う。
京都の人たちは常に、人の心がどこにあって、どのようにして世の中が動いているのかということを、非常に敏感に察知して生きてきた。それはやはり京都のDNAではないかと思うことがある。それだけの研ぎ澄まされた感受性がベースにあったからこそ、新しい様式も生まれてきたし、京都の街も、池坊も、魅力を失わずに今に続いてきているのではないだろうか。
京都の人たちは常に、人の心がどこにあって、どのようにして世の中が動いているのかということを、非常に敏感に察知して生きてきた。それはやはり京都のDNAではないかと思うことがある。それだけの研ぎ澄まされた感受性がベースにあったからこそ、新しい様式も生まれてきたし、京都の街も、池坊も、魅力を失わずに今に続いてきているのではないだろうか。
