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2008/09/19

Vol. 6 「洛中・洛外・京都伏見」 増田 泉彦

月の桂 増田泉彦
増田 泉彦/「月の桂」醸造元 (株)増田德兵衞商店 代表取締役社長
昭和30年、京都・伏見生まれ。大学卒業後、東京日本橋の酒類問屋に勤務。昭和56年、増田德兵衞商店入社、常務取締役就任。平成3年から現職。
平成4年から伏見の特定農家と契約し自ら田植え・稲刈りをして無農薬有機栽培米「祝」を育て「平安京」や「祝米・純米吟醸にごり酒」を発売。近年「抱腹絶倒」「吃驚仰天」などユニークな製品も発売している。
日本酒造組合中央会 理事・海外戦略委員長
伏見酒造組合 副理事長

大学を出て東京の酒問屋に5年ほど勤め、28歳で京都に戻ると「京都伝統産業青年会」からお誘いがあった。お酒も伝統産業の一環ですよと言われて、ひょこっと顔を出したのがツボにはまった。伝統産業といってもお酒とはあまり縁のない、織り、染め、焼物、木工、石材といった団体ばかりだった。もっと枠を広げていこうということになって、漬物とか、京菓子とか、京都の伝統野菜とか、そういう人たちを巻き込んでいった。帰ってきたばかりの私には、伝統産業に関わる方々にお会いできたのは、知ってるようで知らない私にとって京都の脈々とした人脈と繋がるきっかけになった。父の時代からのつながりも大切に、また新しい視点での広がりや、清酒を組み合わせての展開、後にパリでの茂山狂言の皆さんとの講演に酒は付き物とわざわざラベルまで創っていただいたご縁も、京都を中心としたワールドワイドな大きなつながりである。

酒造りでは水と米が欠かせない。伏見の銘水は言うまでもないが、極力京都の米と水で醸したいと、伏見で田植えをさせてもらって足掛け19年、今では御所の4倍の広さ約20ヘクタールにもなった。田んぼには全部井戸を掘って地下水で育てている。もちろん無農薬で。頑張り屋の農家と出会い、人も米も相性がいいのではとの思いからだが、はじめてみるとアグリカルチャーだけに文化であると、奥の深さに未だに毎年毎年が初心者で在ると、謙虚にお酒とお米の対話の絡みの妙なるを実感している。
ただ醸して造るだけじゃどこの蔵も同じである、何となくあそこのおやじがいるから買ってやろうとか、やはり酒は季節性と個性が一番と思っている。
この妙なこだわりは学生時代に遡る。フランスのワイン造りの連中から「畦道が1本違えばブドウの味が違う」と聞かされて、「くそっ、こいつらに負けたらいかん」と思った。ブルゴーニュの歴史はたかだか220年(フランス革命で一度なくなっている)、うちは350年続いているから、負けたらいかんと思った。おかげさまで今ではブルゴーニュやボルドーの連中が見学に来られたりするまでになった。
月の桂 酒蔵正面
京都で造って京都の人に飲んでもらうこだわりは京都人気質だろうか?(でも意外と京の人は京都ものはほめてくれない・・・・笑)

海外に日本酒を広めに行くと、商売の生業が京都にあってよかった、とつくづく感じる。全国に酒造メーカーが1,600社あるけれど、文化の味を表現するのに「KYOTO」の一言で通じるから。知名度もさることながら、音の響きが心地よく感じるのかも知れない。私は伏見の清酒のPRも兼ねて、グローバルに展開するにはこの「KYOTO」の音感と知名度が重要と思った。それで「伏見」の頭に「京都」を付けて「京都・伏見」でキャンペーンするように取り組んでいる。
ずっと伏見で暮らしていたので、市内に行くときは「ちょっと京都に行ってきます」と言って京都に行った。同じ京都でもこんな言い方が好きだった。四条河原町から烏丸界隈のいろんなものに出会えるワクワクするような感覚は今も変わらない。洛中・洛外で言えば、伏見や山科は洛外になるから、一種の憧れみたいなものだったようだ。
今年で4年目になるが、αステーションと新風館と組んで「α-Sake Bar」なるものをさせてもらっている。この場所は特に、若い女性に受けていて、日本酒の新しい出会いの場所として賑わいがある。烏丸通りは三条界隈が好みだが、残念に思うのはやはり、鉄筋でも古い建物が消えていくこと。木造とかレンガ造りとか、伝統的な造りの建屋が減っていくのは寂しい限りだ。まだまだ京都にしか出来ないことを、京都人の問題意識を益々研ぎ澄まし、COCONも温故知新の昔の名残をとどめていてくれればいいな、と洛外から洛中へ思いを馳せている。

月の桂 醸造元 (株)増田徳兵衛商店

唐長文様「天平大雲」