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2018/06/16

6/24(日) 『港町』舞台挨拶決定

6/24(日) 『港町』舞台挨拶決定

”観察映画”第7弾!美しさのたゆたう小さな港町での優しさと孤独を映し出すドキュメンタリー。

想田和弘監督作『港町』 舞台挨拶決定

6/24(日) 12:25~の回上映後 登壇者:想田和弘監督

 

 ”観察映画”という独自の手法をもとにドキュメンタリー作品を生み出し続ける想田和弘監督。前作『牡蠣工場』で訪れた岡山県牛窓。その撮影中に出会った人々を撮影したのが今回の『港町』である。静かに作業を進める漁師のワイちゃんと、彼とは対照的に進んでカメラに入り込みおしゃべりが止まらない独り身のクミさん。この二人が大きな軸となって、カメラは牛窓の人々を捉えていく。人々とのふれあいの中で時おり入り込んでくる猫たちにクスッとさせられ、潮が満ちひきする音に海へ遊びに行ったときの遠い記憶がよみがえり、懐かしさを感じてしまう。『港町』は、想田監督の見えている世界を通して、観客のこころの中にある記憶をよみがえらせてくれるのだ。

 ”観察”ということばに、彼の作品を観るまでは引っかかっていた。神の視点にでも立てるかのような(そんなことできないのに)、なんだか撮影対象に対してつっけんどんな物言いをしているようなそんな印象だった。けれど、そんなこと全くなしに、彼の映画には人に対して、物に対して、愛情がたっぷりかけられている。”観察”ということばの印象が180度変わってしまったのだ。

 ドキュメンタリーが嘘をついている、つまり現実をありのままに映し出すものではないというのが強調されるようになり、観客もすでにそのことは承知の上かと思う。「……ドキュメンタリーとは、映像でとらえられた真実の断片を集積し、その事実がもともともっていた意味を再構成することによって別の意味が派生し、その結果、うみ出される一つの<虚構>=フィクションである……」という佐藤真のことば通り。想田監督はもちろんこの主体性を肯定した上で観察映画を撮ってきた。「ドキュメンタリーとは作り手の経験した時間を観客と共有するための芸術」というのは、和合亮一(詩人)とのツイッターでの対談で監督自身が書いたことばである。

 だからこの作品は誰かにとっての世界の真実ではないのかもしれない。これは監督が経験した世界であり、彼が見えている世界をありのままに表現した映像だ。それに被写体だってカメラを向けられれば、ありのままの彼らではいられない。人からこう見られたい、思われたいという願望は誰にだってつきまとっている。だからフレデリック・ワイズマンのことば––「カメラを向けたところで被写体の様子が変わることはない」については少し異論を挟みたいところだ。被写体の様子は変わる。普段とは違う。けれど、無意識にしている仕草や表情がカメラに写りこむというは事実である。たとえば、クミさんは、彼女が歩く後ろ姿に、ある表情に、彼女の人生を想像させるには十分な要素が散りばめられている。

 だったら、彼女の人生や遠く離れた小さな港町を想像して何が得られるっていうんだという人もいるだろう。あたしには想田監督の「僕は目の前の世界から何かを学びたいと切実に思います。そしてあわよくば自分の世界観をひっくり返してしまうような、ドキュメンタリー的驚天動地に出会いたい」ということばが全てを語っているように思える。経験は、その価値の大小に関わらず、人を変える。その変化は、目に見えることもあるが、たいていの場合それは当人の外側へ溢れ出ることなく、内側に止まってしまう。だから、この映画を観てなにが得られるのかに対する答えは簡単ではない。ただ、ありきたりな感動は、別のところにおいてきてほしい。そして、普段、自分の内側の奥深くに眠っているなにかの目を覚まさせてしまう、そういうゾクゾクするような映画だということだけ断っておきたい。

 

 上映二日目の6/24(日)12:25~の回上映後には想田和弘監督が舞台挨拶で登壇します。ぜひご来場ください。

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